同好会活動 NALC高槻・島本拠点 花みずきの会

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   謡 (謡曲) とは、 一言で云へば、能楽 (単に能とも云ふ) の歌謡である。能楽といふのは、我が国の三大演劇 (能楽・ 歌舞伎・人形浄瑠璃) の一つで、室町時代の初期に大成された楽劇である。爾来、約500年の長い年月の間、歴代の為政者の保護の下に、洗練に洗練を重ねて、今日に至ったものであって、真に世界に誇るべき大藝術である。謡曲は、この能楽の歌謡なのである。謡曲には、伝統藝術の常として種々の術語がある。謡曲を学金ばんとする者は 先づ其等の術語を一通り心得ておく事が必要である。謡曲の術語と一口に云ふものゝ、その数は非常に多い。今回この同好会で学ぶ流派は、 「 観世流 」    

 


“2018
(H30)
8月
 
 11日・25日
 (土) 
 参加者 7名 (w 4 . m 3) 「猩々」 「東北」 「紅葉狩」 テープに合わせて1回、テープなしで1回お浚い。
少し慣れてきたが、どの謡曲も通して謡うのは厳しい。 分けてお浚いする方が気持ちも体力も楽かなと思う。
    
 次回は、 9 月 8 日(土) と 22日(土)  【 基本は、第二、第四土曜日、10:00から 】 

“2018
(H30)
7月
 
 14日
 (土) 
 参加者 7名 (w 4 . m 3) 新しく 2 名 の方が参加してくださって、 久々に賑やかに楽しく「猩々」 と 「東北」 をお浚いしました。
     
             次回は、 7 月 28 日(土) 10:00~
 28日
  (土)
 参加者 7名 (w 4 . m 3) 新メンバーと共に 「猩々」 と 「東北」 を シテ ・ ワキ 3人ずつに分かれて練習。流石に2人増えたことにより賑やかで楽しい。        
          
次回、 8 月11日は、「猩々」 と 「東北」 と 「紅葉狩」 を お浚いする予定。



“2018
(H30)
6月
 
 9日
 (土) 
 参加者 5名 (w 2 . m 3) 「猩々」 をお浚い。役割を決めて、一人づつテープ無しで練習。 繰り返す程にむつかしさを実感するが、謡う面白さも少し感じられるようになってきたかと思う。「東北」 をとうしておさらい。
     
次回は、 6月23日(土) 10:00~
 23日
  (土)
 参加者 5名 (w2 . m 3) 「猩々」 をお浚い。 シテ ・ ワキ に分かれて練習。 すこし謡っている感じがしてきた。「東北」 を通してお浚い。 難しい。        
          
次回、 7月14日「猩々」をさらに繰り返してお浚いする予定。

“2018
(H30)
5月
 
 12日
 (土) 
参加者 5名
(w 2 . m 3
 
  「猩々」 をおさらい。 シテ、ワキなど役割を決めて、テープ無しで、都度修正してもらい乍ら本来の形で練習。難しいが、身についていくような気がするし、充実感もある。東北を通しておさらい。 次回は、6月 9 日(土) 10:00~ (クリーンアップ日と重なり日程の関係で5月は1回)。 

“2018
(H30)
4月
 
 14日
 (土) 
参加者 5名
(w 2 . m 3
 
  「猩々」 を繰り返しておさらい。 初めての試みで、一人づつテープ無しで謡い、良くない箇所をその都度、先生に指摘して頂いて修正しながら最後まで謡いあげた。厳しいおさらいでしたが、こうやって繰り返したら身につくのではないかという実感がありました。
最後に、お手本のテープを聞いて復習して終わりました。
 
次回次々回は、 5月12日(土) 10:00~ 、 5月26日(土) 13:00~ の予定。 
 28日
  (土)
参加者 5名
(w 2 . m 3
 

“2018
(H30)
3月
 
 10日
 (土) 
 参加者 5名 (w 2 . m 3) 「猩々」 を繰り返してお浚い。 「東北」 「紅葉狩り」 をさらりとお浚い。何回も繰り返してお浚いして来た「猩々」、ようやく 「少し謡をやっている」 という感じがしてきた、久し振りの 「紅葉狩」 は、記憶の彼方にあったので難しくもあり 懐かしくもあった。     次回は、急遽  3月31 に変更された。
 31日
  (土)
 参加者 5名 (w2 . m 3) 「猩々」 を繰り返してお浚い。「東北」 「紅葉狩り」 をさらりとお浚い。何回も繰り返してお浚いして来た「猩々」、ようやく 「少し謡をやっている」 という感じがしてきた。久し振りの 「紅葉狩」 は、記憶の彼方にあったので難しくもあり 懐かしくもあった。 次回、 4月14日「猩々」をさらに繰り返してお浚いする予定。

“2018
(H30)
2月
 
 10日
 (土) 
 参加者 2名 (w 0 . m 3) 「猩々」  と 「東北」 をくり返し練習しました。 次回、 「紅葉狩」 も練習する。
 24日
  (土)
 参加者 4名 (w 1 . m 3) 「猩々」  と 「東北」 と 「紅葉狩」 を 練習する。   次回3/10 も同じ 

“2018
(H30)
1月
 
 13日
 (土) 
 参加者 5 名 (w 2 . m 3) 「猩々」  と 「東北」 は第3 区切りからくり返し練習しました。 
 27日
  (土)
 参加者 4名 (w 1 . m 3) 「猩々」  と 「東北」 時は 集中力が持続しなくなってしまうのを実感しました。 


H30 ”2018 


     2017年 12月 23日) 場所: サロンはなみずき  参加者 4 名 (w 1 . m 3) 
「猩々」 をくり返しおさらい。 なかなか安定した声が出にくく まだお腹からの発声にいたらず難しい。 「東北」は、長いので 区切りながらお稽古しました。
   次回は、年明けの 1月 13 日(土) 10:00 から

     「猩々」 と 「東北」 をあわせて習う予定です。   報告: 代行 田中千鶴子
 
     2017年 12月 9日) 場所: サロンはなみずき  参加者 5 名 (w 2 . m 3) 
「猩々」 (しょうじょう)」 をくり返しおさらい。 まだまだ助けがないと危うい。繰り返す程に難しく感じます。    次回は、12 月 23 日(土) 10:00 から

           「猩々」 と 「東北」 をあわせて習う予定です。
 
     2017年 12月 2日) 場所: サロンはなみずき  参加者 4 名 (w 1 . m 3) 
「猩々」 (しょうじょう)」 をくり返して練習(おさらい)。 まだまだ助けがないと危うい。繰り返す程に難しく感じます。    次回は、12 月 9 日(土) 10:00 から

           「猩々」 と 「東北」 をあわせて習う予定です。
 
     2017年 11月11日) 場所: サロンはなみずき  参加者 4 名 (w 1 . m 3)
「猩々」 (しょうじょう)」 をくり返しておさらい。 細部にわたって確認しながら、記憶に止められ様な気持ちで謡いました。    次回は、12 月 2 日(土) 10:00 から

           「猩々」 を細部にわたって繰り返して習う予定です。
 
     2017年 10月 28日) 場所: サロンはなみずき 参加者 4 名 (w 1 . m 3)
「 東北(とうほく)」 を通しておさらい。解らないところを繰り返して復習。 今後は、「猩々」 を丁寧におさらいする予定。 
これらの進め方として、もっと小分けにして謡い、その場で修正をしてもらいながら繰り返しておさらいし 納得した上で進む、という方針を明確にしました。
              次回は、11 月 11 日(土) 10:00 から
   
     2017年 10月14日) 場所 : サロンはなみずき 参加者 3 名 (w 1 . m 2) 「 東北(とうほく)」を残していた後ろの部分から終わりまでと 「猩々」を2回くり返して謡う
次回は、10 月 28 日(土) 10:00 から
「東北 」 を通して謡い、「猩々」 を繰り返す予定です。 
     2017年 9月 30日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 4 名 (w 2 . m 2)
 「 東北 (とうほく)」 の 2 区切り目から3 区切り目まで。解らないところを質問して、納得するまで繰り返してもらう。 「猩々」を2回くり返して謡う
   次回は、10 月 14 日(土) 13:30 から
  「東北 」 の終わりまでと、「猩々」 を予定。
 
    2017年 9月 2日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 6 名 (w 3 . m 3)
予定を変更して、新しく 「田村 に入らずに 「東北 ( とうぼく)」 の最初 から4 頁までをくり返しおさい次回は、9月 30 日(土) 10:00 から
「東北 ( とうぼく)」 の続きと、「猩々」 を予定。 
 田 村 ( たむら )  構想 
 東國の僧が京に上り、清水寺に参詣する。時は弥生半ば、地主の桜の花盛りであったので、それを眺めていると、箒を持つた童子が来て、桜の木陰を掃き清める。そこで僧がこの童子に当寺の来歴を尋ねると、昔賢心が坂上田村麻呂を檀那と頼んで建立した当時の縁起を語り、なほ見渡される京の名所々々を問われる侭に教へていたが、日が暮れ、月が出て桜の花に映ずると、これの方が名所に勝る眺めではないかと、僧と共に春宵一刻価千金の風情を楽しみ、また清水の観音の利益を讃える。その様子が常人とも思われぬので、名を尋ねると、それが知りたくば、帰る方を見ていて下さいと言い捨て、田村堂の内陣に入った。~中入~ その後で、僧が夜もすがら法華経を読踊していると、坂上田村麻呂が現れ、観音の擁護で鈴鹿山の悪魔を平らげた時に様子を語る。清水の観音と言う流行佛を中心とした同寺の縁起、及びその利益による田村麻呂の戦勝の外に、境内の桜を取り入れ、花に月の映ずる春宵の風情をも狙っている。 

      2017年 8月 26日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 7 名 (w 4 . m 3)
謡の会も新しい方が増えずにこぢんまりとやっている状況が続いています。気が抜けずに頑張りどころの1時間半です。「東 北 ( とうぼく)」 を通して 2 回。 「富士太鼓」 を役割に従って謡う。  次回は、8月 26 日(土) 10:00 から

    2017年 8月 5日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 6 名 (w 4 . m 2)
  「東 北 ( とうぼく)」 の 3 回目。 「菊慈童」 を役割に従って謡う。 菊慈童の後半は、たたみかけるような速さで駆抜けるさまに、ついて行けずにバタバタと必死でしたが、2 回、3 回 と繰り返す内にそのスピードにも慣れていき、少しの達成感のすら味わうことが出来たような気がします。 次から 「東北」 を通して謡い、「富士太鼓」 を割り当てに従って演じる予定。  
    次回は、8月 26 日(土) 10:00 から 。

    2017年 7月 22日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 6 名 (w 4 . m 2)
  「東 北 (とうぼく)」 の 2 回目。 平安朝の歌人で才媛のひとり、和泉式部を主人公として、全編早春の梅の匂い立つ端麗さが漂う曲です。 次に 「大仏供養」 を 役割に従って謡う。
  次回は、8月 5 日(土) 10:00 から。  「東 北」 の 3 回目、 「菊慈童」 を 割り当てに従って演じる予定。 

    2017年 7月 8日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 6 名 (w 4 . m 2)
 新しく 「東 北 (とうぼく)」 の 一回目。 次に 「紅葉狩」 を 役割に従って 2 組 で2 回ずつ。         次回は、7月 22 日(土) 10:00 から。     (クリーンアップを済ませた後)                     「東 北」 の 2 回目、  「大仏供養」 を 割り当てに従って演じる予定。 

  東 北 ( とおぼく )  構想 
 京の東北院に詣でた東国の僧が、今を盛りの梅の花を眺めていると、女が来て、この梅は、和泉式部が植えて軒端の梅と名づけ、いつも眺めていた木であり、あの方丈は和泉式部の寝所をその儘にのこししたものであるが、花も主を慕うのか、毎年色香も彌増しに咲き匂うのである、と語ったが、実は我こそこの梅の主よと告げて、夕闇の花の影に消え失せた。 ー中入ー そこで僧は法華経を読誦しながら、花の陰で夜を明かしていると、和泉式部がありし儘の美しい姿で現れ、昔關白道長がこの門前を通り、車の中で今の御僧のやうに法華経を聲高らかに誦まれたので、それに就いての和歌を詠んだ事があったと語り、更に、和歌の徳や、この東北院が靈地である事などを語り、舞を舞うたりしたが、軈て暇申さんと方丈に入ると見えて、僧の夢は覚めた。美しさにも色々あって、梅花のそれは気品のある美しさである。その清らかな美しさを表現する手段として、上品な上臈姿の和泉式部を シテ として、梅の花に配合させたのであろう。
     
    2017年 6月 30日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 5 名 (w 3 . m 2)
 「富士太鼓」 を通しておさらい。 次に 「猩々」  を役割に従って 2 組 で2 回ずつ演じました。この様な短い曲の一つでも思うままに謡えるようになればいいなと思いました。
  次回は、7月 8 日(土) 10:00 から。 新しく 「東 北」 に入り、「紅葉狩り」の 2 回目を 「シテ」 「ワキ」 「ワキツレ」 等、役に分かれて演じる予定。 

    2017年 6月 10日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 6 名 (w 4 . m 2)
 新しく「富士太鼓」 の 三回目。 次に 「経正」 を役割に従って 2 組 で演じました。 
 次回は、6月30日(土)10:00 から。 (サロン隣で) 。  「富士太鼓」 の 仕上げと、「猩々」 を割てられた役で演じる予定。 


    2017年 5月 27日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 6 名 (w 4 . m 2)
 新しく「富士太鼓」 の 二回目。 次に 「小袖曾我」 を役割に従って 2 組 で演じましたが。 ながいので自分が謡わないところも集中するのは、クリーンアップの後ということもあってかなりきつかったです。 次回は、6月10日(土)10:00 から。  「富士太鼓」 の3 回目と、割 り当てられた役で 「経世」 を2組で演じる予定。  6月以降の予定変更 : 6/10(土) ・ 6/30(金) ・ 7/8(土) ・ 7/22(土) ・ 8/5(土) ・ 8/26(土) ・ 9/9(土) ・ 9/30(土) いずれも10:00 からです。

      2017年 5 月 13日) 場所 : サロなみずき  参加者 5 名 (w 2 . m 3)
 新しく「富士太鼓」 の 一回目。 次に 「羽衣」 を役割に従って 2 組 で演じましたが、羽衣は難しい       次回は、5月27日(土)11:00 から。         文責:  小林 令子
 富士太鼓 ( ふじたいこ )  構想 
 萩原院の御時、管弦の御會に天王寺の浅間という楽人が太鼓の役に召されたが、住吉の富士という上手も役を望んで上洛した。浅間はこれを知って富士を憎み、宿所に押し寄せて殺して畢つた。富士の妻は不審な夢を気にし、子供を連れて都に上がったが、かくと知って悲歎の余り心乱れ、渡された形見の舞装束を着けて、夫が非業の最期を遂げたのも太鼓ゆえ、太鼓こそ夫の敵なれと、散々に太鼓を打ったのであるが、軈て気持ちが落ち着くと、舞装束を脱いで別れを告げ、なほも太鼓に恨みを残しながら帰るのである。楽人が藝の上の事から競争者を討ったといふ事を取り扱っているが、これはワキの詞で説明されるだけで、構想の中心は、討たれた者の妻に、敵を討つだけの力がなく、せめて恨みの念を太鼓に狂い打つ事によって晴らそうとする点に置かれている。かるが故に、其の處には夫を失った女の哀れさが寫され、感情の昂ぶった発作的狂態が描かれている。連れている子供が女の子であることも、この母子の無力さと哀れさとを示すことになっている。 
      2017年 4 月 22日) 場所 : サロなみずき  参加者 5 名 (w 2 . m 3)
 「菊慈童」 の 2 回目。 「竹生島」 を役割に従って 2 組で演じて練習しましたが 今回、2 名の方が欠席しましたので大忙しでした。 次回は、新しく「富士太鼓」 の テキストを頂いたのでそれに入り、割り当てられた役で 「羽衣」 を 2 組 で演じる予定。 次回は、5月13日(土)10:00 から。
      2017年 4 月 7日) 場所 : サロなみずき  参加者 5 名 (w 4 . m 1)
  新しく 「菊慈童」 に入り、その1回目と、 「紅葉狩」 を割り当てに従って2組に演じました。
次回は、4月22日(土)10:00 から。
「菊慈童」の2 回目と 「竹生島」 を割り当てゝ演じます。

 
   2017年 3 月 25日) 場所 : サロなみずき  参加者 6 名 (w 4 . m 3)
  「大佛供養」 を 通しておさらい、 一回目。 「猩々」 を割り振られた役割で謡いました。音程など揃わせるのがとても難しい。 クリーンアップの後、 駆けつけたので・・・声の調子が もう一つ満足できない、消化不良気味のお浚いになってしまいました。結構 体力のいる事を実感しました。 次回は、「紅葉狩」 を役割に沿って2 回と 新しく 「菊慈童」 に入る予定。 新年度に入り、新しく 何かを初めてみようと思われている方、どうぞお気軽にお入り下さい。興味本位の見学でも大いに歓迎です。      次回は: 4 月 7 日()   13 時30~

 菊慈童 ( きくじどう )  構想 
 麗縣山の麓から薬水が流れ出ると言うので、その源を見て参れと勅命を受けた魏の文帝の臣下が、て山に着くと、庵の中から異様な童子が現れ出て、問に答へて、周りの穆王に使はれた慈童だと言う。七百年も昔の者が何うして今まで生きているのかと怪しむと、二句の偈書いた枕を示し、これは穆王から賜った御枕であるが、この偈を菊の葉に書いておくと、その葉に置く露が滴り流れて、不老不死の靈薬となるので、その為に七百歳を生きているのであると語る。應て童子は楽を奏し、菊水の流れを汲んで勤め、己も飲むうちに、酔うて菊の花を枕に臥したりしたが、七百歳の壽命を君に授けてから、菊をかき分けて仙家に帰るのである。菊の花のめでたさを強調するのが本曲の目的であり、そうして、菊の中に住み永久の童子となり得ている慈童を、奈何にも神仙らしく感じさせるように工夫している。季節は秋であるが、淋しさはなく、爽やかな気分の表現に注意している。
   

 
   2017年 3 月 3日) 場所 : サロなみずき  参加者 6 名 (w 3 . m 3)
  「大佛供養」 の 残り部分を謡い、分けてやって来たものですが今回で終わりまでさらったことになりました。休憩のあとは、「経正」 を割り振られた役割で謡いましたが、度胸だけはついてきたような・・・。次回は 3月25日は、クリーンアップ終了後 11:00~ 「大佛供養」 を通しておさらいをします。 役割に従って謡うのは 「猩々」 の予定。
                
次回は: 3 月 25 日)     13 時30分 ~
 


 
   2017年 2 月18日) 場所 : サロなみずき  参加者 5 名 (w 3 . m 2)
  「大佛供養」 の 2 回目。 休憩を挟んで後半は 「小袖曾我」 を、 シテ、ツレ、五郎、母、他 に分かれて謡いました。「シテ」 の量が極端に多くて演じての負担が大きかったです。 次回は 「経正」 を役割に沿って謡い、「大佛供養」 の 3 回目の予定です。
                
次回は: 3 月 3 日(金)     13 時30分 ~
 


 
   2017年 2 月3日) 場所 : サロなみずき  参加者 7 名 (w 4 . m 3)
  新しい 「大佛供養」 に入りました。 休憩を挟んで後半は 「羽衣」 を、割り振られた役割で2 パターン演じて謡いました。 シテ、ワキ、ワキツレ、ツレなど文頭に小さい文字で記されているので 「役」 が解りにくゝ、少し入り乱れたところもありましたが 先生 曰く、「だいぶ声が出てきた」 様です、 との事。   次回は 「小袖曾我」 を役割に沿って謡い、「大佛供養」 の 2 回目です。
    
次回は: 2月 18 日)     13 時30分 ~
 
 大佛供養 ( だいぶつくよう )  構想 
 平家没落の後、悪七兵衛景清は都に上がっていたが、南都で大佛供養が行われると聞き、自分も南都に住む母に対面せんものと、忍び忍びに南都へ急ぎ、母親お尋ねると、母は喜び迎へた後で、頼朝を狙っているという噂は真かと尋ねる。 景清は包まずその決心を語り、平家の武士の中で最も重んぜられていたのが、今は隠れ忍びながら暮らしているのを歎いた。軈て夜が明け、親子は涙ながら別れる。ー中入ー 頼朝が家来大勢を連れて供養の場に臨むと、景親は宮人の姿に変装して近附かうとしたが、終わりに頼朝の家来に見顕されたので,銘刀あざ丸を抜き大勢の中へ割って入り、向かうものを斬り伏せたが、今はこれ迄と、あざ丸の霊気を利用して、霧立ち蔽ふ中に身を隠して遁れさるのである。作者の狙いは、おそらく後段にあったのであろう。殊に変装して相手に近附かうとする大衆的興味を狙ったものゝようである。前段は、景親の人間味を描くと共に頼朝を討とうとするまでの経緯を母との会話によって説明しようとしたものである。



 
   2017年 1 月28日) 場所 : サロなみずき  参加者 7 名 (w 4 . m 3)
  「紅葉狩」 を通しいておさらいと、「竹生島」 を役割に割 り振って謡いました。 「シテ」 「ワキ」 「ツレ」 「ワキツレ」 を独りづつ役割に沿って初めて謡いました。 緊張して途中で声がかすれたりしましたが、思い切りやってみて面白かったです。 次回は、「羽衣」 を役割に沿って謡い、新しく 「大仏供養」 を習います。        
次回は: 2月 3 日(金)     13 時30分 ~
 


 
   2017年 1 月6日) 場所 : サロなみずき  参加者 7 名 (w 4 . m 3)
  「紅葉狩」 の 3 回目 と 「猩々」 を2 回 繰り返して復習。 今回で 「紅葉狩」 は全編通したことになります。 先生から、次回から数回 役柄を割り当てゝそれを演じて謡うことを言い渡されて一同どよめきの声を上げてしまいました。 さて次回から・・・いかに ?
次回は: 1月 28 日(土) 10 時00分 ~「竹生島」 を割り振られた役割で謡う、初挑戦です。
 


H29 ”2017 



 
   2016年 12 月17日) 場所 : サロなみずき  参加者 7 名 (w 5 . m 2)
  「紅葉狩」 2 回目、 そして 「小袖曾我」 の復習。 年内最終日でした。 
発起してから、あっという間の1年でしたが大分 声も出せる様になったのではないかと思います。中々、奥が深く お題は 「10 曲」 謡い習ってきましたが完璧にマスターする迄には程遠い感じ・・・でも、継続が成果を結ぶと信じ、次年も楽しみます。 乞う 体験 !! 
 お待ちしてます。
次回予定: 新春 1月 6 日(金) 13 時30分 ~  「紅葉狩」 の続き と 「猩々」 の復習予定。
 


 
   2016年 12 月2日) 場所 : サロなみずき  参加者 8 名 (w 5 . m 3)
 新しく 「紅葉狩」 に入り1 回目。長いのでこの後も分割して謡う予定です。 その後は、「羽衣」を復習しました。  1時間半の間に休憩をはさんでいますが何度も息切れして酸欠のような状況のなる事しばしば、ですが 終わった後には軽い疲労感と共にお腹から発声した心地良さも感じられます。
  
次回予定: 12月17日) 10時00分~ 「紅葉狩」 の続きと「小袖曾我」の復習の予定
 
 紅葉狩 ( もみじがり )  構想 
 ある山で、上蔽らしい女が侍女たちと共に木陰に幕を打ち廻して、紅葉狩りの酒宴をしていると、従者を連れて鹿狩りに来た平維茂が通りかゝり、山中での上蔽の紅葉狩を不審には思ったが、興を妨げまいといふ心遣いから、馬を下り、道を変へて、静かに通り過ぎようとすると、上愛は維茂を引き留めて酒宴の仲間に誘ひ入れる。美人の酌に思はず盃を重ねうっとりとして、終に維茂が酔ひ臥してしまふと、女達は、そのよく寝入ったのを見届けて姿を消した。ー中入ー軈て、維茂の夢の中に神の告があり、それに驚いて目を覚ますと、今までの女たちは恐ろしい鬼の本体を現して維茂を襲って来た。然し、維茂は少しも騒がず、八幡大菩薩念じながら立ち向かひ、遂に鬼を討ち平らげるのである。深山の鬼を取り扱った曲は他にもあるが、これはその鬼を勇士が退治する活劇と山中における紅葉狩りの描写とを対照させたもので、其の處にはまた美人の魅力を強調しながら、然も「外面如菩薩・内心如夜叉」といふ仏者の教えを仮住いしている鮎も窺われる。



 
   2016年 11 月19日) 場所 : サロなみずき  参加者 7 名 (w 4 . m 3)
 「猩々」 を2 回おさらいして、 「経正」 と 「吉野天人」 の復讐をしました。 はじめの内容
(構想) を解説してもらってから謡い始めているのですが、 中々 それを理解しながら謡って行くのはとても難しくって、気持ちを込めて謡えるようになるのはまだ先のようです。
    
次回予定: 12月02日(金) 13 時30分~  「羽衣」 の復習と 「紅葉狩」 。 


 
   2016年 11 月04日) 場所 : サロなみずき  参加者 7 名 (w 4 . m 3)
 新しく「猩々
(しょうじょう)」 。 夢のお告げで市場でお酒を売っていましたが、水の波間から現れた猩々という者と、共にお酒を飲み交わし舞を舞いました。 猩々は、高風の徳を褒めて酌めども尽きない泉のような酒壺を与えて去りました。心の純な者に対してお酒による幸福が与えられるというお酒のめでたさを強調した話です。後半は、「竹部島」 の復讐をしました。
    
次回予定: 11月19日) 10 時~  「猩々」 ・ 「経正」 ・ 「吉野天人」 。 
 猩 々 ( しょうじょう )  構想 
 唐土かね金山の麗揚子の里に住む高風の親孝行であったが、 ある夜の麗夢に任せ、楊子の市で酒を売り、次第に冨貴の身となった。所が不思議な事には、市毎に酒を飲みに来る者があって、何程 飲んでも平気なので、その名を訊ねると、海中に棲む猩々だと答へて立ち去った。 そこで高風は酒を用意し、潯陽の江の辺に出て待っていると、軈て猩々が現れ、酒を飲み、舞を舞ひ、また高風の淳な心を褒めて、永久に汲めども、盡きぬ酒壺を輿へるのである。 本曲の目的は勿論酒の禮讚であるが、その酒は不老長寿の薬、即ち 「菊慈童」 の菊の水と同性質のもので 猩々は慈童に相当するわけである。 また、心の淳な者に対し酒による幸福が輿へられるといふ構想は、酒のめでたさを強調する手段ともなっている。 【付記】 本曲は、もと前後 二場 となっていたのを 省略したもので、前半は 「猩々の前」 として 番外曲に残されている。 


 
   2016年 10 月29日) 場所 : サロなみずき  参加者 6 名 (w 4 . m 2)
「小袖曾我」 を通して2 回、謡い込みました。難しい!! 自分一人で謡えるのは一体いつ頃にになるんか
~? って言う程 不安と佳境に立たされている今。(笑) 体験者もおられるのですが仲々日程等が合わず継続できない方がいる。 次回から新しく 「猩々」 (しょうじょう) と 「竹生島」 の復習予定。
    
次回予定: 11月4日(金) 13 時30分~  皆さん、一度体験でもしてみませんか? 
     2016年 10 月 7日) 場所 : サロなみずき  参加者 7 名 (w 5. m 2)
「小袖曾我」 の終わりまでおさらいした後、初回の 「鶴亀」 に戻って謡いました。段々と難しくなってきているので、初めの 「鶴亀」 が少し余裕を持って謡えたような気がしました。 酸欠のような状態になりながらも、そのあとはふか~く息を吸って発声に備えるので謡った後は、内蔵が イキ イキ するような感じがします。 それで、健康に良いのではないかと思います。次回は、新しく「猩々」 に入る予定です。

                  次回は、10月 29 日
(10 時 ~サロン。 
     2016年 9 月 24日) 場所 : サロなみずき  参加者 6 名 (w 3. m 3)
「小袖曾我」の 5 P-1 途中 “
日本一のご機嫌にて・・ 9 P - 1 途中 “慈悲の母とも申すべけれ・・” まで習いました、 次回最後まで通す予定。 それと今日は 「羽衣」 を通しで謡いました。 次回は、小袖曾我 9 P - 1 ~残りを謡い、「鶴亀」 を復讐する予定。 
                    次回は、10月 7日
(10時 ~サロン。 
     2016年 9 月 10日) 場所 : サロなみずき  参加者 4 名 (w 2. m 2)
今回から新しく「小袖曾我」 に挑戦しました。全ては学習できず 「5-1」ページ途中 “
葦垣の隔てあるこそ悲しけれ” まで習いました。 構想によると親子・兄弟の情愛が歌われて感動的な物語になっているようですが、そのあたりの感情を込めて謡えるようになると きっと素晴らしいのでしょう。 次回は「小袖曾我」を最後まで通し「羽衣」の復習もする予定です。
                    次回は、9月24日
(10時 ~サロン。
 小袖曾我  構想 
 建久4年5月、頼朝が富士の巻狩を催すので、曾我兄弟は、この機会に時致の勘当を宥して貰った上、敵祐經を討たうと思ひ、家人の鬼王・団三郎を連れて母を訪れた。母は祐成には会ったが、時致に対しては、母の詞に従わないで勝手に箱根の寺を出たのだから、なほ重ねての勘当ぞと、面会を許さないので、祐成は、私の力になる弟にそうゆう態度をとられるのは、実はこの祐成をも思って下さらぬからであろうと怨み、又時致の孝心の程をも述べた後、両人一緒に泣きながら出て行くと、母は堪へ兼ねて呼び留め、時致の勘当を許した上、久く会わなかった間の物語をさせる。祐成は喜んで酌に立ち、兄弟一緒に舞を舞ったが、その中でそれとなく母に別れを告げ、勇んで狩場へ向かった。事件の中心は弟時致の方であるが、弟の勘当赦免に苦心し、更にその宥しが出て喜ぶ兄祐成の方に、作者は重きを置いている。 〔追記〕  観世元章の明和改正本には曾我物が全部除かれている。

     2016年 8 月27日) 場所 : サロなみずき  参加者 5 名 (w 3. m 2)
 「羽衣」 を最後まで通して謡い込みました。難しさでも大作で、通して最後まで謡い終えると一斉にため息がもれました。お腹の中から出そうとしている声が一節の節目で安堵感と溜息に変わる。 次回から、新しく 「小袖曾我」 に挑戦、 「経正」 も復習します。
                      次回は、9月10日(10時 ~  サロン。
     2016年 8 月 5日) 場所 : サロなみずき  参加者 6 名 (w 3. m 3)
 「羽衣」 の3 回目、これでようやく 「羽衣」 を最後までやってみたことになります。だんだんと難しくなってきて、区切りごとに皆のため息も深くなってきました。午前中の体操を終えられた大久保圭子さんが、初回とは思えないような発声で飛び入り参加して下さり、曜日が合えば今後も参加したいとの事でした。次回は、「羽衣」 の謡いこみです。   次回は、8月27日(10時 ~  サロン。
     2016年 7 月23日) 場所 : サロなみずき  参加者 6 名 (w 3. m 3)
 「羽衣」 の2 回目、中程の天の原。ふりさけ見れば。霞立つ。雲路まどひて。行方知らずも住み馴れし空に何時しか行く雲の羨ましき気色かな」
やら 語尾に 「・・・・い~い~い~~・・・・」 と一つの語に抑揚つけて長く謡うところなどが非常に難しくて、皆で苦笑してしまいました。次回は、羽衣を最後まで習って、土蜘蛛の復習予定。今回は、クリーンアップの後で疲れもあり、又 午後からも会議があるというので少し短めで切り上げて頂きました。         次回は、8月5 日13時 ~ サロンの都合。


 
   2016年 7 月 9日) 場所 : サロなみずき  参加者 8 名 (w 5. m 3)
 ある春の日、
三保の松原の一本の松の木に美しい衣が懸かっているのを見つけた白龍は持ち帰ろうとするが、天人が現れてその羽衣がないと天に帰れないと言う。空を懐かしげに見上げるその哀れな様子に心を打たれた白龍は、天人の舞楽を見せてもらうのを条件に衣を返すことにした。 天人は喜んで天人会の面白さを語り、この松原の春の景色を讃えながら舞う、やがて富士の峰よりも高く、霞んだ空の彼方へと消えた。のどかな春の海に青々とした松原、向こうには富士山、そんな情景の中を、美しい天人が舞いながら天空へと帰って行く。正に一幅の絵画の如し。初回なので、意味を噛み締める迄とはならず・・・休憩を挟んで 「橋弁慶」 のお浚いをしました。  次回は、7 月23 日11時 ~

 羽 衣  構想
 ワキ と ワキツ レとの一聲から上歌までは、白龍たちの漁夫が釣りに出かける所から長閑な春の海景色を描写した文句である。その春の海を控えた三保の松原のとある松に美しい衣が懸かっているので、白龍はとって帰ろうとする。そこえ天人が現れて、それは私の羽衣だから返して下さいと言う。嫌だと言うと、それがないと天に帰れないのですと欺き、空を懐かしげに見上げる。その哀れな様子に心を打たれた白龍が天人の舞楽を見せて貰うのを条件にして衣を返す。天人は喜んで、月界に於ける天人生活の面白さを語り、この松原の春の景色はその天界にも勝る面白さですと讃めながら舞を舞うたが、それが伝わって東遊の駿河舞となった。さて天人は暫く袖を誑して舞うていたが、軈て富士の山よりも高く、霞んだ空の彼方へと消え伏せた。長閑な春の海に青々とした松原、遠景には富士山が見える。そういう情景の中で、美しい天人が舞いながら昇天する。正に一幅の絵である。 

     2016年 6 月22日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 6 名 (w 4. m 2)
 前回と同じく 「経正」
(つねまさ) を通しました。 討ち死にした平 経正を哀れに思った仁和寺の行慶という僧が、経正が生前手馴れていた 「青山」 という琵琶を仏前に供えて霊を弔っていました。 その夜更け行慶の前に経正の霊が現れ、琵琶を手に取り懐かしんで弾いていたが、やがて修羅の時刻がやってくると、浅ましい自分の姿を恥じて暗闇に消え失せた。と 琵琶の名手として名を馳せた経正の若々しい貴公子の優雅さ、たおやかさが際立って謡われているといいますが・・・奥が深く中々難解です。
    次回は、7 月 9 日10 時~ 新しく 「羽衣」 。 そして 「橋弁慶」 の復習をします。   
     2016年 6 月11日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 8 名 (w 5. m 3)
 「経正」 という演目を最後まで謡い終わって・・・本編は修羅物であるが、他の多くの修羅物の如く、単なる諸国一見の行脚そうではなく、主人公 経正と同じく御室の御所へ仕えている大納言の行かくで経正にとっては師匠格の人であるっとの行り、 一時間ほどお浚いしてから軽く休憩してさらに30分、上半身の鍛錬にもなっているような気がしてます。何となくスッキリ気分。8名の参加で良かった。 
                    次回は、6 月 22日
10 時~
 

 
   2016年 5 月28日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 8 名 (w 5. m 3)
 上がり下がりなく淡々と謡うところは何とか先生について行っていますが 抑揚が複雑にある微妙なところに来ると、皆さん調子が乱れ気味。 各々が、そっと苦笑してしまいながら謡っている様に思います。それでも、「初めてのことに挑戦するのは楽しいとの事」 今日は、8 名 揃って賑やかで充実した1時間半でした。          次回は、6 月 11日10 時 ~
 
 經 正  構想
 平經正の討死を憐れに思はれた仁和寺の宮は、經正が生前に手馴れていた琵琶を仏前に供へ、管絃講を催してその灑を弔ふべき由を命じ、仰せを受けた僧都行慶は人々を集めて法事を行ったが、その夜更けに、經正の幽霊が現れて、行慶と詞をかはしたので、更に絲竹の手向を進めると、經正も琵琶を取り、自ら弾じて楽しんでいたが、軈て修羅闘諍の時刻が来ると、その苦患の有様を示し、こんな姿を見られるのも恥ずかしいとて、燈火を吹き消し闇の中に消え失せるのである。平家の公達を幽霊とし、それが管絃の手向に引かれて現れるという構想にし、随つて、幽霊らしい感じを出そうとした工夫が随所に見える。又修羅道の苦患を受ける我が姿を見せまいとする所に、平家の公達の優しさが描かれている。 

     2016年 5 月14日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 6 名 (w 5. m 1)
 「竹生島」 を繰り返しておさらいしました。初めは音合わせのように謡うことだけで あたふたしていますが、 繰り返すことで内容が少しずつ解って謡うことが出来るようになって面白みが増してきます。次回は、5 月 28 日11 時~  当日は、クリーンアップと重なる為始まりは11時からです。
     2016年 4 月23日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 8 名 (w 5. m 3)
 桜が終わって若々しい葉っぱになってきましたが。謡の方も 「吉野天人」 を通してお浚いしてひと落着、「竹生島」 に入りましたが、復習も肝心だと思います。皆さん「土蜘蛛」 も練習しておきましょうね。               次回は、5 月 14 日) 10 時 ~ 
     2016年 4 月09日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 7 名 (w 4. m 3)
 今回から、新題目 「竹生島」でスタート、 はじめに 構想 の読み上げで、 このストーリーの荒筋把握“
“ 竹に生まるゝ鶯乃・・・”~先生の(テープ)謡調子に合わせて繰り返し練習をする。教本 17ページの “ 面白の島の景色や・・・” で、本日の例会は終了。 今回から、ベテランの荒木さん(90歳)が ナルク入会と同時に参加されました  次回は、4 月 23 日(水)10 時 ~ 
 竹 生 島 構想
 延喜の聖代に仕えているある臣下が、竹生島参詣の途中、琵琶湖の畔まで来ると、漁翁と若い女とが乗っている釣り舟が来たので、それに乗せて貰い、竹生島に着いてから、漁翁の案内で社参をすると、女も社前に近づくので、この島は女人禁制ではないかと怪しむと、漁翁は、この社の弁財天は女體であるから、女人とて隔てはないと言ふ。その時、女は、我は人間に非ずと言って社殿に入り、漁翁も、我はこの湖の主ぞと言ひ捨てゝ波の中に入る。 --中入-- やゝ あって神殿が鳴動すると、弁財天が現れ、夜遊びの舞楽を奏し、続いて湖上には龍神が出現し、臣下に金銀珠玉を捧げた後、天女、は社殿に、龍神は波を蹴立てゝ龍宮に帰るのである、湖上の春景色を描き、 更に社前に額づく前段の構想は、 室町時代の京都人にとって、親しみのあるものであったに違いない。後段では、天女と龍神とを対照させ、龍神の豪壮さを際立たせている。 

     2016年 3 月23日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 7 名 (w 4. m 3)
 前回に続いて 「吉野天人」 の教本 14ページ
“いかに申すべき事の候” から謡い始めました。そして再び最初から 「通し」 で謡い、休憩後も繰り返し練習を行った。
                 次回は、4 月 09 日) 10 時 ~ 

 
   2016年 3 月12日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 7 名 (w 4. m 3)
 都の男たちが吉野の花見をしているところに天人が降りて来て桜と戯れながら舞を舞って雲の上に帰って行ってしまうと言う作者の構想である。丁度これから訪れるお花見の季節にピッタリの謡いようです。内容も華やか、謡う調子も何だかけいかいなかんじがします。竹内さんの発声も快調の出だし、休憩後には、「土蜘蛛」 を1 回お浚いをして今回は終了。
                 次回は、3 月 23 日) 10 時 ~ 
 吉 野 天 人 構想
 毎春各所の桜を見ることにしている都の者が、今年は吉野の花を見んものと、仲間を伴い、吉野山の奥深く分け入ると、高貴な姿をした一人の女が現れたので、都人たちが怪しんで尋ねると、この辺に住む者で、一日中花を友のように暮らしているのであると答へ、都人と一緒に花を眺めていたが、いつ迄も飾ろうとしないのを不審がると、実は私は天人で、花に引かれて来たのであるが、今夜ここに旅居して信心なさるならば、古の五節の舞を見せましょうと云い捨てゝ消失した。--中入--聴いて夜になると、虚空に音楽が聞え天人が現れ、花に戯れ舞を舞っていたが、再び花の雲に乗って消失するのである。簡単で定型的な構成の下に、桜花爛漫たる吉野の春の駘蕩とした気分を描こうとしたもので、嵐山の桜を取り扱った曲には「嵐山」があるが、そのシテの豪壮な蔵王権現に対して、嫋々たる天人をシテとし、その天人に吉野の花を讃美させている點に、本曲の狙い所があるかと思ふ。 

     2016年 2月22日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 5 名 (w 3. m 2)
 前回と、ほぼ同じペースで10 時スタート。回を重ねて「土蜘蛛」 を習って、このお題は、今回で終盤を習うことになりました。少し皆さん声量も整って来た感じ、お腹の底から発生する為上半身に軽い疲労感さえ感じます。加齢と共に声も出にくくなりますが・・・謡の発声は健康にとても役立つと思われます。                  次回は、3 月 12 日) 10 時 ~ 
     2016年 2月13日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 5 名 (w 3. m 2)
 土蜘蛛(つちぐも) 前回 前半のおさらいと、その部分の 「通し」 、中盤の習いを終え~~又、全員で通し(テープと竹内さんのリード)で今回は、終了。
               次回は、2 月 22 日(月) 10 時 ~ 
     2016年 1月20日(水) 場所 : サロンはなみずき  参加者 6 名 (w 3. m 3)
 今回からは、新しく 「土蜘蛛」 に入りました。 新 お題の取っ掛りは、いつもですが ・・・とても難しく感じます。 この 「土蜘蛛」は、とても長い題目です。区切って習う予定だそうです。
                 次回は、2 月13日) 10 時 ~ 
 土 蜘 蛛 構想
 病臥中の頼光の許へ、胡蝶と云ふ女が典薬頭からの薬を持って見舞いに来たが、深更に及び、今度は僧形の怪人物が枕元に現れて病状を問うので、頼光が怪しんで名を尋ねると、わが背子が云々の古歌を以て返事に代へ、千筋の絲を投げ掛けたので、頼光が枕元にあった膝丸で切りつけると、その妖怪は消失せる。 - 中入 - その物音に驚いた獨武者が駆けつけ、頼光の話を聞いて座中を調べると、夥しく血が流れているので、血の跡をたどって退治に出かける。聴いて獨武者の一行は古塚の前に達したので、その塚を崩すと、中から土蜘蛛の精魂が現れ、千筋の絲を投げかけて苦しめたが、遂にそれを退治して都へ帰るのである。僧形をした妖怪の頼光に対する行動を中心にして構想したものであって、最初に頼光を見舞ふ女を登場させ、次にこの僧形妖怪が見舞いを装って枕元に近づくといふ構想は、可なり劇的、シテが中入りすると、ワキが入れ替わって出場する、極めて劇的な構想である。

     2016年 1月 9日) 場所 : サロンはなみずき  参加者 4 名 (w 2. m 2)
 今回は、題目 「橋弁慶」 の 前半 と 中盤 を習って、休憩後 終盤迄 通しで謡いました。 未だ まだ先生のテープで唱和するのが精一杯です。続けて通すと 22分 かかりますが・・・節回しが段々と難しくなってきます。気風に合わせて謡おうと思うのですが旨く謡えない。 でもみなさん頑張っています。             次回は、1 月 20日(火) 10 時 ~ 


H28 ”2016 

     2015年12月23日(水) 場所 : サロンはなみずき 参加者 8 名 (w 4. m 4)
 今回は、田中代表もさんかされ賑やかになりました。人数が増えるとボリュームが出て楽しくなります。他の同好会と調整しながら、取り敢えず 3月まで予定を組むことが出来ました。            
                次回は、1月 9日) 10 時 ~ 
     2015年12月12日 ) 場所 : サロンはなみずき 参加者 6 名 (w 3. m 3)
 今回は嬉しいことに、新メンバーとして青山さんが加わりました。「鶴亀」 を1回お浚いしてから「橋弁慶」 の前半のところを習う、 更に、「橋弁慶」 の続きにはいりました。お腹から 発声しているせいか ?一生懸命 竹内さんのリードに付いて行くせいか? 上半身にしっかりとした疲労感を感じました。今日の青山さんのように、次回もどなたか新しく加わって下さらないかな~と心待ちしている状況です。
                次回は、12月 23日) 10 時 ~ 
 橋 瓣 慶 構想
 武蔵坊弁慶が、満参の日に、五条天神へ丑の刻の刻詣をしようとすると、従者が、五条の橋に少年が現れて、不思議な早業で人を斬り廻るそうだから、今夜の物詣はお止めになったらと云ふ。それを聞いて、弁慶は思い止まろう としたが、聞き遁げは無念、寧ろその化生の者を討ち取ってやろうと決心して夜更けを待つ。 - 中入- 牛若は、母の命令で明日は寺に上ることになったので、今夜を名残に五条の橋に出て、通る人を待っていると、鎧に身を固めた弁慶が大長刀を擔いでやって来て、被衣姿の牛若を女と思い、通り過ぎようとする時、長刀の柄元を蹴り上げて戦を挑み、激闘の後、辨慶は牛若の方にしたのは、前段に於ける会話で、牛若の早業に関する予備説明を加えようとした為であって、本曲の中心を成すのは、云う迄もなく後段の切組である。

     2015年11月24日 ) 場所 : サロンはなみずき  参加者 5 名 (w 3. m 2)
 初会の 「鶴亀」 を復習。抑揚をつけるところ、伸ばすところ など その記号は見慣れてきましたが、理解と実技が伴わない所が多々有り修正しながらも楽しく唱和しました。 今回は、2 回目という事で、竹内さんに 次の 題目の 構想(内容) を読んで頂いてから、早くも新しい 「橋瓣慶」の習いに入りました。幾多の事情の為に参加者が5名だけでしたが、次回は、謡う声で? サロンを揺るがすくらいにならないかという希望を持って閉会としました。      次回は、12月12日) 10 時 ~ 
     2015年11月 7日 ) 場所 : サロンはなみずき  参加者 9 名 (w 4. m 5)
 初回は、題目 「鶴亀」から始める。竹内さんのお師匠のテープを聞きながら、竹内さんの手引きによりスタート。区切って反復練習、通しておさらいを繰り返しました。初めはテープの音声に戸惑いもありましたが、テキストを見ているうちになれてきた。難しくて追いつけないこともありましたが解り顔で暴走してしまって竹内さんにブレーキをかけられたり・・・楽しく初回を学ぶことができました。
                      次回は、11月24日(火) 14 時 ~ 
 鶴 亀 構想
 新春に、支那の朝廷で四季の節会の事始めが催、不老門に於いて、天子は百官鄕相の拝賀を受け、萬民も群集して礼拝する。拝賀が終わると、嘉例によって鶴亀を舞はじめ、その後、天子も舞楽を奏せしめて、自ら舞ひ、繭て長生殿に還御するのである。作者の目的は、おそらく賑やかで華やかな祝言曲を作るといふ鮎にあったであろう。長いと、華やかさが中たるみになる虞れがあるが、短いと、その鮎では好都合である。即ち、短い中に出来るだけめでたい文句ならべようといふのが、作者の狙いであったろうと思ふ。場面を支那にしたのは、端相的語句引用の便宜にも因らうが、天使をシテとして舞わせるにも好都合であったからであろう。








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